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【40代からの起業】住宅会社内定を辞退した私が、小売業の部長・執行役員・経営会議ボードメンバーを経て、再び「本気のダブルワーク」へ戻るまでの全内幕

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以前の記事で、1回目の転職活動でいただいた住宅会社からの内定を辞退し、「本業の家具屋(daus lab)を差し置いて何をやっているんだ。自分の夢を追って起業したんだから、もっともっと足元を固めて頑張ろう!」と決意したところまでをお話ししました。

しかし、人生のシナリオというのは本当に筋書き通りにはいきません。家具屋の行く末に不安を抱えながらも、自分の生業に命を吹き込もうともがいていた矢先、私のこれまでの20年以上の小売キャリア(バイヤーから企画開発部長まで)と、たった一人でECサイトを軌道に乗せた経験の「掛け算」を、文字通り120%評価してくれる企業から、思いもよらないオファーが届いたのです。

提示されたのは、ある小売企業の経営中枢――「経営企画部長」であり、のちに「執行役員・戦略推進室長」、そして全社プロジェクトを率いる「企画部長」という、まさに私の強みをすべてぶつけられる経営会議ボードメンバーとしてのポジションでした。

それから約2年間、会社経営のど真ん中で修羅場をくぐり抜けてきました。しかし、結論から申し上げますと、私はその会社を退職することを決意しました。

経営トップの構想を具体的な事業計画に落とし込み、現場が動ける仕組みを死に物狂いで作り上げてきた私が、なぜ再び退職の道を選び、個人事業主の再開と本気の転職活動というダブルワークに戻るのか。今回は、他では絶対に読めない、大人の組織変革のリアルな内幕をお話しします。

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部長とプロジェクトマネージャー:周りが未熟すぎる現実

1回目の転職活動では、低すぎる年収という現実に市場価値の低さを突きつけられ、「かつての栄光を引きずった求職中のおじさん」として苦い汁をすすりました。しかし、あのとき合理的ではない妥協を断固として拒否したからこそ、次の大きな扉が開きました。

2年前の夏、私は個人事業主と兼業する形で、ある小売業の経営企画部長に就任しました。同時に経営会議ボードメンバーとしても。入社して最初に手掛けたのは、企業の存在意義である経営理念(MVV:ミッション・ビジョン・バリュー)の再構築と、中期経営計画の策定です。抽象的な経営層の構想を翻訳し、現場が迷わず実行に集中できる事業計画へと構造化していきました。また、指示待ちの組織を、現場が自ら判断し、上司が責任を引き受ける「判断分散・責任引受型」の自走組織へ書き換えるため、職務権限規程や決裁フローを構築し、特定の個人に依存しない組織の規律の確立に心血を注いできました。Teamsへの連絡一本化や、会議体の抜本的改革も同時に進めました。

半年後には戦略推進室長としてオウンドメディアの立ち上げや新規事業を統轄し、直近では全社プロジェクトを推進する新設部署の企画部部長として、プロジェクトマネージャーを務めるまでになりました。しかし、それは華々しい大抜擢などではなく、他に実務を回せる人間がおらず、私ありきの組織開発でした。

勘違いしないでいただきたいのは、私がこの会社で何か新しいスキルを得たり、成長できたりしたわけでは決してない、ということです。この歪んだ組織で私がロジックとガバナンスを通し、仕組みを構築できたのは、すべて前職の課長時代・部長時代・ボードメンバー時代に培った経営視点や、泥臭く組織を動かしてきた教育と経験という「強固なバックボーン」があったからに他なりません。

正直に申し上げましょう。現職の2年間で、ビジネスパーソンとして新しく「持ち帰れるもの」は、正直に言って何一つありませんでした。未熟な組織にガバナンスの土台を築くために、私の「商売の貯金」をひたすら切り崩して投資し続けた、そんな2年間だったのです。

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変革の現場で激突した、組織の「ぬるま湯文化」と「事業レベル」の壁

私は、みんなが「右」を向くなかでも、論理的に納得がいかなければ平然と「左だ」と言い切る変わり者です。そして、左へ進むための確固たるロジックと戦略を持っています。

そんな私が企画部部長として断行したのは、サイロ化し、属人化し、ブラックボックス化していたシステムや業務負債の「断行(辞める・仕組みに変える仕分け)」でした。

しかし、現場を動かそうとすればするほど、目に見えない巨大な沼に足をとられるような感覚に陥りました。そこに厳然として存在していたのは、変化を拒み、過去の成功体験にすがりついてぬるま湯に浸かり続けるという大嫌いな組織文化でした。そして、競合他社と比較しても圧倒的にロジックが欠如している時代遅れのビジネスモデルという現実です。

どれだけ優れた戦略や経営計画を立てても、組織の文化がそれを根底から食い尽くしてしまう――。

精神論やマインド醸成に逃げず、仕組みとスキルで解決しようと孤軍奮闘しましたが、既存の歪んだパワーバランスや形骸化した旧OSを書き換えるには、現場の基礎体力が圧倒的に不足していました。

そして何より、経営トップの覚悟のなさ、それどころか経営者自身の間違った経営観念と、人間的な魅力のなさがすべての元凶でした。そんな環境でまともな人材が育つはずもなく、既存の部長たちは思考を放棄し、上に立つ人間と下を走る人間の関係性は、完全に「王様と犬」。ロジックもガバナンスも通用しない、歪みきった絶対王政のぬるま湯がそこにはありました。

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プロとしての矜持。自分の価値を安売りする「そこそこの座」はいらない

部長というポジションにしがみつき、レベルの低い事業環境に目を瞑り、組織の言いなりになって「そこそこの経営陣」として毎月お給料をもらい続ける道もありました。世間一般の40代後半のサラリーマンであれば、それが最も合理的で賢い生存戦略だったのかもしれません。

しかし、それはプロフェッショナルとしての自分の魂を売る行為に他なりません。最上思考を持つ私にとって、不条理な妥協を受け入れて会社にぶら下がる生き方は、退屈なものでした。だからこそ、私は退職するという決断を下しました。

これからは、再び自分の城である家具・インテリア通販「daus lab(ダウスラボ)」の運営を本格的に再開します。それと同時に、これまでの大手での20年以上の経験に加え、直近の「小売業の経営陣として修羅場をくぐり、ガバナンスとDXの全体設計を主導した」という、生々しく強力な最新の一次情報を武器に、自分の価値を正当に評価し、本気で変革を求めている企業を探す「本気の転職活動」をスタートさせます。

一度は右肩下がりに泣いた個人事業ですが、経営の中枢で「組織と仕組み」の限界を極限まで見つめ直した今の私なら、以前とは全く違う次元で商売のボトルネックを特定し、戦える確信があります。

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【次回予告】組織の板挟みで戦うミドルへ捧ぐ「現場を動かす経営理論」

前職での経営企画部長、戦略推進室長、そして企画部部長、PMOとして駆け抜けた壮絶な2年間。

私はただ手をこまねいていたわけではありません。ロジックの欠如したぬるま湯組織にガバナンスをもたらすため、決裁フローをゼロベースで構築し、会議体を意思決定の場へと変革し、業務負債を徹底的に仕分ける仕組みを現場に組み込んできました。

この血の滲むような実践と修羅場を通じて、私の中で一つの確固たる答えが出ました。
「教科書に載っているような綺麗な経営理論やDXのフレームワークは、そのまま現場に放り投げても人間を1ミリも動かせない。土台となる組織のOS(規律と自走の仕組み)を泥臭く書き換えて初めて、理論は本物の武器になる」ということです。

組織の上層部からの無茶振りと、現場の頑固な抵抗の「板挟み」になりながら、孤独に会社を変えようと血を流しているミドルマネージャー(管理職)のあなたへ。あるいは、組織に属さず、たった独りで事業の壁を突破しようともがいている個人事業主のあなたへ。

思考を放棄した犬になるな。
今の組織に、そしてあなた自身のビジネスに圧倒的に不足しているのは、

自ら考え動く「自律」

他者に依存しない「自立」

冷徹に未来を見据える「計画」

リスクを恐れない「行動」

そして目の前の歪んだ壁を打ち破る「突破」

の力です。

次回から、私が経営の最前線で実践し、研ぎ澄ましてきた【現場を動かす経営理論:実践篇】を、4つのテーマに分けてお届けします。組織の古い文化に潰されかけている人、事業のレベルを上げられずに苦悩しているリーダーは、ぜひ私のリアルな挑戦とガバナンスの青図を、あなた自身の強力な武器にしてください。

ありがとうございました。